庭から上がってきたのはサトゥルヌスである 雪の日に来るとは思っていなかったから ろくに用意もしておらず 急いで台所からあんぱんを出してくる ぎらついた目が あんぱんか と言っている 毛むくじゃらの手でためつすがめつしていたものの 何もないよりはましだと納得したのか 大口を開けてがぶりとかぶりつく 口の中に何列にもなった歯が覗く あの歯で噛まれたらすごく痛いだろうな 外ではしんしんと雪が降っている 今夜は魔物と二人きりで過ごすのだ
刑場通りの夜 かまどうまになったわたしたちは列をなし 水を求めてこの通りを進んでいった 途中 家々の窓はかたく閉ざされ 明かりもつけずにこちらを探る気配が窺える あの人たちも結局は同じ姿になるのだ わたしたちは互いに語る術を持たず ぽきぽきと脚を鳴らしながら進んでいく 通りはまるで針金を敷き詰めたようになり 力尽きたものは側溝に押しやられる ようやく川に辿り着いたとしても 水面に触れた端から灰に変わり 悪い夢として朝の光に溶け消えてしまう
不発弾を掘り出したというので見にきたが 大きな穴が埋められもせず空いているだけだった 校庭には名残の雪が汚れた骨のようで からっ風が髪を乱して吹き去っていく 花壇にはパンジー どれも顔みたいに見える 池の鯉は氷の下で口をぱくぱくさせている 下校の時刻を告げる鐘は消えやらず やがてあたりは夜の闇にまぎれて 念のためにもう一度覗きこんだ穴の底にひとつ 小さな白い卵が産み落とされていた
あしだかというひょろ長いおんながうちにきて しばらくここに置いてくださいという これといってなにもお返しはできませんけれど お掃除くらいはさせていただきます そういって冷蔵庫の裏に陣取って かれこれ数ヶ月にもなる たまに姿を見かけるだけで邪魔にもならず 彼女の働きで家は以前より清潔になった なにより 虫の類がまったく消えてしまった 手のかからないいい女中を見つけたものだと みんなしてほくほく顔で喜んでいる 縫い物が得意だというので針を持たせると 丈夫で美しい着物を仕立ててくれる 最近はその着物を売りに出して ちょっとした財産が得られたほどだ かくもめざましい働きを前にして 彼女の正体なんて詮索しても仕方ない 好物のごきぶりをむしゃむしゃ食べるくらい ほんのささいな瑕疵でしかないのだ
かつて肉屋の男を愛したことがあった 男は肉屋だけあって包丁を使うのがとても上手で 朝から晩まで肉を切り続けているのだからそれは当然で 肉を包む新聞紙からじくじくと漏れている 冷たくべとついた血が 愛しい気分を起こさせたものだった 毎週金曜日になると決まって町外れで賭け事をする肉屋に 朝から晩まで活造りに切られるのを夢見た末に 黒い塊になった思いをおさえかねて 何度肉屋を憎んだことだろう 何度肉屋を ばらばらの福笑いにしてやろうと考えたものだろう おまえは肉屋の透き通った包丁が死ぬほどうらやましかった おまえは殺してやりたい気持ちを抱えている おまえは殺してやりたい気持ちを抱えている おまえは殺してやりたい気持ちを 必死で押しとどめているだけの小人のあくび 田んぼの泥に沈む雛人形の背中に描かれた地図 廃屋の急須の底で腐っていくお茶っ葉に埋もれた蛆の見た夢 歌えない詩の言葉 折れた箸 石ころ 死にそびれた死
夜道を歩いているとひんやりした腹が出る ひんやりした腹 ぷるんと豆腐のよう またぎ越していけばいいのにそれができなくて 地団駄踏んでるわたしの胸の奥に おたまじゃくしがわらわら湧いてくる これをおもいきり吐き出さなくちゃ これをおもいきり吐き出さなくちゃ でもその前に さっきあっちで拾った牡丹の花を 腹に供えてやるのもいい 満月みたいなへその穴に挿してやるのもいい まだそれくらいの時間はある 夜が明けるまで少しの時はあるだろう 夢見られる夢がすべて 果てるその時までは
迎えにきた おまえを 切っ先を腹に埋めこんでいるさむらいを かつて桃太郎と呼ばれたおまえ 殿様の不興を買ったおまえ 梨の木の下で死を待つおまえ おお おれは鬼の屍 といっても はじめから鬼は屍であって 屍の生が鬼であるだけ 退治されても生きているのだ 水面に映る月のように さてもさても 行こうじゃないか 因縁を忘れて 刀を折って こぼれた腸はまた収めればいい 生前の恨みはすべて山へ捨てよう 枯れ木に花を咲かせるだろう 今日からわれら鬼 ともに人の世をあざ笑い 酒食に溺れて時を過ごそう そのうちおまえの額にも 立派な角が生えることだろう