砂から掘り出したオリーブの瓶を並べているのを見かけてひとつ買ってきた。 光に透かすと粒に気泡がついている。食べてみると少し塩気が強いが美味しい オリーブで、いろんな料理に使ってみたいと考えていたのに、身内の不幸で忙 しくしているうちにどこかに紛れてわからなくなってしまった。 * * * それが本当なら酷いことだと話がまとまって席を立つ。別室にいる当人に詳し い話を聞こうということになって入っていくと、知らんぷりで後ろを向いている。 窓の外が奇妙に明るくなったり暗くなったりを繰り返して少し肌寒い。自分た ちが明け方の悪い夢の中にいると全員がとうに知っている。 * * * ギャラリーの床は水浸しだった。ところどころに小動物の死骸が転がっていて、 聞けば土竜のものだという。近代文学と自我の話をつっかえながらした。出て からどこかで食べて帰ろうと思ったが、なんだか嫌な気分になってやめた。車 輪が線路を削るような音を立てる電車に乗って家に帰る。 * * * 住み着いた蛙を潰してしまわないよう、ドアを開けるのも慎重になる。思わぬ ところにいるのでぎょっと驚くこともある。そんなものは早く殺せと言われても、 どうしたらいいのかもうわからない。肩が急に重くなったりして、まるで悪霊 のようだなと思いつつそれが逆に面白い。 * * * 小麦粉まみれの腕が夜毎にやってきて窓にべたべた手形を押して帰っていく。 それはいつからのことだったか。大きな黒犬に追いかけられたあとか。彼岸花 をぼきぼき折った時か。とにかく窓ガラスが真っ白に曇って大変迷惑している。 雨が降ると汚く流れてなめくじが這ったように見苦しいのだ。 * * * 商店脇の排水溝ががぼがぼと人間の声みたいな音を立てているのが気になる。 さっきスマホのライトに照らされていた顔が、もうあんなに上空に移動した。 蝙蝠が共食いをしている。敷石がずれて足場が心許ない。閉めた花屋の奥で人 間と人間が会話しているのも妙だった。 * * * 捨てに行ったら帰れなくなっていた。広い道の真ん中に一列に花が咲き、夜中 の町を冷たい鬼火が走っている。辿っていくと見覚えのある場所に出たが微妙 に配列が狂って女の顔や髪が壁に張りついている。風が吹くとかすかに揺れな がら、脳から歯を抜き取ってくれと細い声で笑う。 * * * せっかく地底湖まで来たので畔の教会に立ち寄った。観光地と聞いていたけど 人がまばらでとても良かった。本来はもっと低い位置にあった建屋が、度重な る増水で湖に沈んでしまったために、百年ほど前に現在の場所に建て直された らしい。祭壇にはタールを黒々と塗った当時の舟が今も残されていた。 * * * 飛蚊症なのか空全体が雲母を散りばめたようにきらきら輝いて、見ていると生 きるのもそんなに悪くない気がした。崩れかけた自転車が川の中州に引っかかっ ているのもいい。水子が小さな手を振るのでおそるおそる振り返したら、波紋 が空と水面の青を揺らがせて、それも秋の寂しさに合っていると思った。 * * * 遠く暗い場所を風が流れていくのが楽しかった。ふと目が覚めて、普段暮らし ているアパートの一室ではなく実家にいることに気づいた。いつの間に戻って きたのだろう。押し入れがいっぱいに開け放ってあって、下段から伸びるつる つるした坂道は海まで続いている。誰かいるようだ。登ってくる。