お手玉の日々

店番

ねぎ坊主

お手玉

えのころ草

蟻地獄

巴旦杏

トロイメライ

夕立

店番

夜からの雨は
屋根を洗って海へ抜けた
わたしは誰もいない店で
外で吠えている犬の声を聞きながら
小僧のように座っている
なにもすることがないとは
お客が来ないとは
本当にかなしいものである
祭りでもあれば
少しは店も繁盛するだろうに
みんなどこへ行ってしまったのだろう
裁縫箱は軋んで
新聞の活字はぎっしりと詰まっている
それでも留守を頼まれたのだからと
梅雨の晴れ間に
肩肘をついて待っている
ぽーん、ぽーんと
柱時計が物憂げに鳴っている
もう誰も帰ってこないのかもしれない
庭の紫陽花が
枯れて剥がれ落ちていくだけで


ねぎ坊主

百年の間には
どれくらいの人が土に還ったのか
誰にともなく問うと
最近は火葬ばかりだから
それほど多くはないんじゃないか
と答えが返ってくる
縫い物の手を止めて振り向けば
ねぎ坊主がぐらりぐらりと揺れていて
まるで月が踊っているように思う


お手玉

冬に放った雪玉は
楡の木立を弾んで踊り
地蔵の額にこつんと当たる
なにかと思った地蔵は手を上げ
叩いた手には血を吸った蚊
閉めきった襖は光を遮り
格子はいつもかくかくと白い
赤いお手玉ぽんと投げて
闇夜の空に吸い込まれていく
わたしのお手玉
わたしの心
天竺まで届け
届け届け


えのころ草

雨が降らないうちに
えのころ草を刈りにきた
町外れの原っぱには風が吹いて
無数のえのころが揺れている
どれも丸々と太って
互いに体をこすりつけながら
刈り取られるのを今か今かと待っている
早速、籠から鎌を取り出して
ざくりざくりと刈っていけば
それは気持ち良さげに目を細め
もっとやってくれ
もっと鋭い刃で切ってくれと
ビロード色の鼻を鳴らす
夢中で鎌を動かしていると
やがて西の空に雲がわき
慌てて籠を背負って引き返す途中
降り始めた雨に追われて
近くのお堂に逃げ込む
しばらくは雨宿りかな
と横に置いた籠の中では
濡れたえのころが目を覚まし
ついに自らの不幸に気付いて
ぎっぎっ、ぎっぎっと
繭に包まれた蚕みたいに
小さな体を震わせる


蟻地獄

あなたのおうちの
ありじごくを見せてください
お手間は取らせませんから
男はそう言って庭に回り
しばらくあちらこちらと
何ほどか見当をつけていたが
おもむろにしゃがみ込み
ほらこんなところにありますよ
なんて嬉しげに言うものだから
なんだか怖くなって
えいとばかりに肩を押すと
なんの抵抗もなしにすうっと
頭から落ちていき
いつまでもいつまでも落ち続け
奈落の底から時々
手紙を送ってきたりする
それがこの紙束です


巴旦杏

女の子が一人で
木陰に立っていて
朝からずっといるし
ここらへんでは見ない子だから
なんだか不思議だなと思う
誰かを待っているのかな
それともかくれんぼをしているうちに
家に帰れなくなった子が
途方に暮れているのかな
ちょっと気になって
声をかけてみようと近寄っていったら
女の子ははっとした表情で
こちらを見て
特に言葉を交わすわけでもなく
わたしも金縛りになったようで
なにを言うでもない
二人とも黙ったままで季節はめぐり
木には赤い実がたわわに実り
下から見上げると
無数の提灯が下がっているようで
女の子の小さな頬も
うっすらと赤かった


トロイメライ

雨戸を閉めきった家が並ぶ
かんかん照りの通りを行く
夏の盛りの日中
打ち水のあとも乾いた道には
猫の一匹もいない
影ですら焼き付くよう
こんな時にどこからか
トロイメライが流れてきたら
少しはいい気分になるかもしれない
雨戸の向こう
井戸の底みたいな暗がりに
親戚の人々が集い
お嬢さんがピアノを披露していたり
息をつめて演奏を聴く人々が
豪勢なお膳を囲みながら
ゆっくりと溶けていったり
庭では百日紅が
ピンクの血を流していればいい
それが物憂げに
夏を封じ込めたまま
千年も続けばいいのだけれど


夕立

不穏な色をした空に
待ち焦がれていた雷が鳴ると
大急ぎで台所に立って
山盛りのサラダを用意する
ボウルを抱え
窓の前に陣取り
ぽつぽつと落ちてきた雨に
もっと土砂降りになれ
空が割れるほどの大雨になれ
などとうきうきしている
てるてる坊主は逆さま
いいところで終わった
夢の続きを見るために
夏の間中ずっと
細い首を吊られている