副葬のためのノート


春の夜、ひとつの管玉がアパートの玄関に埋まっていて、きっとこの世の終わ
りまで気づかれることはない。それはもう定められたことで覆しようがないのだ。
誰がそんなことをしたのか、小さな水仙の花が掲示板に画鋲で留めてある。


         * * *


嫌だな、と思って上を見上げる。低いベランダから垂れ下がる食虫植物の房の
ひとつが、熟れたような赤紫に変わって膨れている。たしか去年の夏、些細な
出来心で蝉の死骸を放り込んでおいたはずだ。それを思い出した。中は見えな
いが。


         * * *


自転車を置きに裏に回るとあちこち工事している最中で、脳を露出させた人々
が忙しそうに立ち働いている。生コンを注がれた一輪の猫車を操りながら、片
方の手で頭をおさえて脳がこぼれないようにしている。危なっかしいのに不思
議と整然として、夜遅くまで作業は終わらなかった。


         * * *


老人が壁を舐めるのに必死だ。青白い舌をひらひらさせて土塀を舐め取ろうと
している。耳のうしろに大きな腫瘍がぶら下がっていて、頭を動かすごとにそ
れも一緒に揺れる。不憫に思って飲み物を用意したが一向に手を付けようとし
ない。壁はとても甘いのだという。


         * * *


ベランダに誰かいるらしい。磨りガラスの向こうに人影が蹲っていて、頭をほ
とんど床につけて丸くなっている。部屋の中からは薄ぼんやりとして男か女か
さえよくわからないが、少なくともまだ生きている存在ではあるようだ。しかし、
それは、いつからそこにいたのだろうか。


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毛玉を吐いて死んでしまった。そこに長いこと残されていたがやがて誰かが植
え込みに蹴り込んだようで、いつのまにか草に隠れて見えなくなった。煙草の
吸殻や砕けた鉢植えがごちゃごちゃと混ざるあたり。ビニール袋が飛んできて
しばらく引っかかっていた。


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目に見えないものが入ってきて、束の間、電気が明滅する。金魚鉢の出目金が
腹を上に向けて死にかけている。茶碗、箸、ハンガーなどが床に散乱しており、
足の踏み場もないとはまさにこのこと。外は病原菌が飛んでいるのでもう何日
も部屋にいる。何日も。


         * * *


そこには男女が千人も葬られ、時の経過につれてゆっくりと地中を動き回って
いるだろう。清潔な骨が擦れ合う中に、子供が差し込んだアイスの棒や自転車
のスポークが混じったりする。急ぎ足で林を抜けてそこを過ぎる。ちょうど空に
大きな月が掛かったところだ。