昨日の雨は東の街に冷たい胞子を降らせた * 夜の公園の砂場 無数の傘が突き刺さっていて 引き抜こうとしても絶対に抜けない まるで地中の誰かが必死に 抜かせまいとしているかのように * あの犬は眠ってばかりで 通りがかりに見るたびに 首のうしろが桃色に禿げている 手で撫でるとひんやりと 林檎のようにひんやりとする * レタスが転がっていくだろう 真昼の乾いた坂道を いくつもころころと それはとても気分のよい出来事で 急なカーブも一斉に曲がる * 並木道のすべての木 それぞれに花が供えられていて 赤や青など色とりどりで 道ははるか彼方まで続いていて 花の種類は無限にあって * 映画館の天井いっぱいに 怒った男の顔が浮かび上がる 途方もない怒り様である 耳鳴りがあまりにうるさいので 生まれてから一度も眠れないのだ * 蝉の幽霊が上空に集まってくる 何事かを相談しているらしい 生まれ変わりの人々が皆行き場もなく 駅前を行ったり来たりするのを 透き通った眼で追っている * 辿り着けない本屋というものがあり その一帯は地図に記載されておらず 行き来も定かではないが ただ夜中に燐寸を擦った時にだけ (一行紛失) * 壁の中にはぎっしりと 生きた蛇が詰まっていて 冷たい壁に耳をあてると 蛇が身じろぎする音とともに 教会の鐘の音が聞こえてくる * 錆びついた自転車 空でじっと動かない入道雲 上手に切り分けられた肉 閉鎖した喫茶店 本日の死亡者ゼロ * 拾った磁器の欠片を 遅い朝の日差しにかざせば 青く鳥が描かれているのがわかる いつも懐に入れて持ち歩いている 宇宙の欠片を抱くようにして *坂本真綾「マメシバ」の空耳