断水するというのでガラスポットにティーバッグを放り込んでおいた。枕元に それを置いて寝れば水道が使えなくても安心というわけ。布団で本を読みつつ 眠ると、案の定、夜中に喉が渇いて目が覚めてしまう。ライトをつけてお盆ご と引き寄せると、ポットの中で数匹の金魚が尾びれをひらめかせて泳いでいる。 種類はどうやら普通の和金や出目金のようだ。これでは飲めないな、困るな、 と優雅に泳ぐ金魚の姿を眺めながら、いつしかまた眠りに引き込まれていた。 * * * 三人がちょうど来たところで、三人とも火男の面を被っている。私が好きな曲 をやってくれるらしい。でも何もこんなところで演奏しなくてもいいではないか。 橋の上からは暗い水面が轟々と下流に向かうのが見え、少しバランスを崩せば あっという間に水面下に引き込まれてしまうだろう。もしかするとそれを狙っ ているのかもしれないが、さすがに横暴が過ぎるのではないか。人死が出たら バンドの存続に関わるのではないだろうか……と不安に思っていたら、三人が 面を一斉に外す。そこにはまたもや火男の面が。それもかなぐり捨てると、さ らに火男の面が。いつ果てるともなく無限の火男の面が。 * * * ここに新幹線が埋まっていますよ、と言われたので、そんなものかと覗き込む。 本当だ。深いところでまだちかちかと電気が瞬いている。乗っている人は陽気 に弁当などを食べているらしく、華やかな歓楽の気配が伝わってくる。それな らあちらは何ですか、ともう少し深いところを指差してみると、あっちのは船 だという。いくぶんくたびれ気味とはいえ往時の姿をよく残していて風情がある。 階段状に下に行くにつれて古い時代に遡っていくようで、周辺を浴衣を着た人々 がそぞろ歩いている。私たちも楽しく話しつつゆっくりとそちらに向かう。 * * * フローベールの幻の旅行記が出版されるらしいとの噂が界隈に流れる。極秘で 日本に滞在していた本人が編集者に原稿を託していったらしく、まさにその原 稿だという画像がネットに出回っているのだ。骨壺と言っても差し支えないよ うな大きさの壺に綿が目一杯に詰まっていて、それを少し取り除くと黄鉄鉱に 似た四角の塊がいくつか入っている。その微細な結晶面を特殊な機械にかけて 読解するらしい。さらに仏日翻訳もしなければならないことを考えるとなんと いう手間のかかることだろう。あれでは出版までにまだまだ何年も要するに違 いない。生きているうちにどうにか読めれば嬉しいのだが。 * * * 月の東京から月の横須賀へ。道中は電車での快適な旅で、森の中を通る路線は まことに清々しく心が晴れるもの。広いシートは大人が数人並んでも十分なほ ど広く、窓から差し込む木漏れ日は眠気を誘う。途中下車して名物の遺跡や寺 院を見学するのも楽しいし、そこでちょっとした講義を受けていくのも意義が ありそうだ。ただ息苦しいのが難点ではあって、人々は皆ゼリー状のマスクを 顔に装着している。これなら月であっても酸素の供給は万全だ。とはいえ、こ れは秘密なのだが、マスクは気休めであって、本当は皆もう息などしなくても いいのだけれど。