暮らしの周辺

なまもの

生爪

寝床

お祝い

調理

鼻血

湯たんぽ

卑怯者

なまもの

もうとうに亡びてしまった実家から
突然、荷物が届く
なまもの扱いのそれを開けてみると
ビニール袋に小分けされた透明な塊で
特にこれといった説明書きも見当たらない
どことなく見覚えがあるかと思えば
たしかにそれは祖父であるらしく
わたしのことが心配で会いに来たのだろうか
おひさしぶりです
また満州のことを話してください

満州では学校の帰りに
子供たちだけで山に行って
手のひらほどもある水晶を沢山拾ったよ

窓の外で嵐が騒がしい真夜中
そっと布団を抜け出て
寝ている祖父を起こさないよう
こっそりと薄切りにし
少し醤油をかけていただいた
涙がこぼれた


生爪

剥がしてしまった
と思った時にはもう手遅れで
たらたらとこぼれてしまう
葡萄の汁が点々と畳を汚し
部屋中をさまよい歩いて
どこにも行き場がない
指先を口に持っていき
吸いつづければいつまでも吸える
そのような暮らしがあり
誰も彼もが多量にこぼれつづけ
来ない助けを待って
ゆっくり干からびていく
爪のない指が首を締めて
全員を静かに眠らせる
揺れる時計の振り子も
いつか腐れ落ちる


寝床

蝿叩きを振り下ろした瞬間
血混じりの叫びが聞こえる
何度も叩いているせいで
あたり一面が血の池のよう
この生ぬるい場所に横たわって
深く眠らなければならない
舌を噛み切らぬように
枕の端をきつく噛みしめて
夢も見ずに
死ぬ夢も生きる夢も見ずに


お祝い

死んだ人たちが枕元に集まって
寝ているわたしにおめでとうを言ってくる
父や母、兄や祖父母、親戚や見も知らぬ人たち
おそらく先祖も来ているのだろう
ひたすらにわたしを祝ってくれる
誕生日でも命日でもないのに
布団を取り囲んで
ただ明るい声が聞こえてくる
寝ているわたしが耳をふさいでも
それは海鳴りのように繰り返す
夜が明けて
朝ごはんを食べているときもまだ聞こえる


調理

まな板に生えたふじつぼを
包丁でこそぎ落としていく
刃を横に寝かせて
かさぶたを剥ぐように
緑色のふじつぼを剥いでやる
少しの抵抗のあと
ぽろりと落ちて
硬かったそれは溶けて消える
下水で繁殖するといけないから
熱湯を注いでやろう
剥がし終われば
まな板はまったくきれいなもの
そこに鯵をそっと横たえて
丁寧に捌いてやる
水で血合いを流してやれば
最初からそうであったように清潔で
切り離した頭も
きれいに捌いてくれてありがとう
と笑っている


鼻血

鼻が咲いている
言葉遊びではない
ほんとうに咲いている
鼻血が出る
垂れてくるのではない
溢れ出てくる
溢れ出て
止めようもなく
はな
はなはなはな
川辺は静かで
きらめいて
この世の寸法が間違っている
はな
はなはなはな
象がゆっくり溶けていく


湯たんぽ

湯たんぽを使うようになって
夢の中にまでそれが付いて回るようになった
野末のだだっ広い大座敷や
寂れた遊園地のおばけやしき
はたまた性交の場面の片隅に
寄り添うようにいて
尻尾をちぎれるほど振っている
夜中にふと目を覚ますと
いつのまにか足元から
枕元に場所を移していたりして
じわじわと熱を送ってくれる
自分が生きていないのも知らずに
誰かの二本の腕が抱き寄せる
そういう夢を見ている


卑怯者

卑怯者が来るので座布団を新調した
それからお茶とお菓子、万が一に備えて酒も
しかし指定の時刻を過ぎても現れなくて
もうそろそろ外が暗くなってくる
冬の日は早い
天気も崩れてきて
風に吹かれた棕櫚の葉が窓をこする
現れない卑怯者は
それだけで卑怯者の条件を満たしているが
彼とてそれが本意ではあるまい
新聞を左からめくって読み
折り返して右から読んで
棕櫚のざわざわいう音を聞いていると
自分も卑怯者の一人であることが思い出される
卑怯者が卑怯者を待つやりきれなさに
たいそう気が重くなり
黙って熱いお茶に口をつける