塀のそばをとぼとぼ歩く 五月のゆくえはただ次の季節を目指し 露を散らした薔薇を放つように咲かせている 人はいない 付き添いの影だけで 影と影が二人で歩いているのか 葉陰の路地になにかが焼けた匂いを嗅ぎながら 片足ずつ夢の水脈をかきわけていると 男の子がしゃぼん玉を吹いて ふと昇っていく球体が 音立てて割れる 詩は人の命より長く続く 詩は化外の空に届くかもしれない 森の奥から帰ってくる人を 迎えるために この路地を抜けてゆく
きょう 水の針 とがった川から 流れてくる声 切りとった格好で 鳥がおぼれてしまうころ くすんだ雨のにおいにぬれて ころがった石が どこにも見えなくなる とおいヤマのように眠ったまま くぼみのなかに落ちている なにかの骨の むかしの文字 暗がりのしたで 読めない文字 土に腹をよせる 両手が寒い つめたい草でごしごしこすって 光るものをかたくにぎる すっ うしろを走りさる葉っぱには 雨の色は見えない どうやら まだ ツユが寝そべっている気配がある 水の針 鋭くとぎれて ここには誰もいない むこうからむこうまで いつからか いつだったか 焚き火にくる人 虫の真似をしながら 夜が暗くなるにつれ 太りだす影が 針に もうそこには ぼくはこの世界にいるが きみの家には永遠にいないとおもう そう言って 姉は 泣き顔をした果実をふくろにつめ 土砂降りの外から かわいた森に帰ってきた 鋭くとぎれて (2002)