日常の試み

上野

新鮮たばこ

雨間

九月某日

上野

喉笛が吹かれて
動物が寄ってくる
空に豆を撒こうとして
油染みた紙袋に
砂利しか入っていないのだと気づく
もうこんなことはやめようか
誰ともなくひとり
ひとりがひとりを重ねて
織り合わされたものが並ぶ
あの一枚を欲しいと願う
草の上では布を広げて
一生懸命に作った
食事を並べたらいい
そのはるか地中で冬眠の
人々が踊っていたら
うれしいだろう

午後のひかり
それから動物園
わたしたちは不忍池の畔で
挨拶をするのだ


新鮮たばこ

雉鳩が鳴いている
塀の向こうを首が歩いていく
頭の中では鶴がうまく折れず
車輪がふらつく

「ぼくらの世界はたんに神の不機嫌、
 おもしろくない一日、
 といったものに過ぎないのだ」 *

角の商店の
青い庇に白く染め抜かれた
 新鮮たばこ在庫豊富
の文字が目にとまる
伸びた道は程なくして
橋となり
並行の岸と岸をつなぐ
静かに
水位が下がっていく

やかんの蓋
こわれた傘
かに
かにの家族

渡りきってしまうと
郵便局前の
レンタルショップに入り
延滞金の千円を支払う
延滞金だから
ポイントは溜まらない
のだかどうだか

マスクをした人に
にこやかに見送られて
来た道を戻る
鶴はもう川に流す
目の端に
新鮮たばこが
白く染め抜かれている
それがわかる


*ベンヤミン『フランツ・カフカ』


雨間

雨が降るたびに気温が上がっていく
ベランダでシャツが風に吹かれて
夜までそのままでいる

0時を過ぎてようやく
ロビーの郵便受けを確認する
区報
ダイレクトメール
それらをまとめてポリバケツに捨てる
管理室の小窓に観葉植物の鉢が置いてあり
少し萎れている

歩きながら
合評会に持ち寄る詩のことを考える
(この詩のこと)
何度か書いては消し
どうしても気に入らなくて
締め切りを間近に
スーパーの角を折れる
こんな風に悩むポーズだけで
行を進めてもいいけれど

信号の黄色い点滅
白線以外を踏むと
地獄行き

道なりに環状線のほうに出て
レストランの前を通る
「心を込めて準備中」
深夜は営業していないので
通りに面した大窓から
店内が見渡せる
がらんとした店内が
向かいの自動販売機の明かりで
どこまでも見渡せるが

座席にぎっしりの人影が
不審そうにこちらを振り向く

などと考えつつ
都合のいい幻は見えてこない
見えないが
彼らのほうはこちらをじっと見ている
のかもしれず
水滴はゆるやかにガラスを伝って

かすかに小雨が降る中
丑三つ時まで客足の絶えない
ラーメン屋に入ろうとして
やめて
コンビニでコーヒーを買おうとして
それもやめて

朝方にはまた本降りになる
窓がさっと開き
腕がシャツをつかんで
窓を閉める
じっと見ている


九月某日

蛇の体内を通って歩く
駅からずいぶん離れた

知人が結婚するにあたり
引っ越しの手伝いに行くことになった
とはいえ概ねの作業は業者に頼んだとのことで
あとは新居で荷解きするばかり
挨拶を兼ねての訪問と言ったほうが正しい

ダイニングでお祝いを述べて
持参してきたものを渡す
夫婦茶碗がワンセット
おかめとひょっとこがそれぞれの茶碗に描かれている
おかめは笑っている
ひょっとこは例のおどけ顔

部屋は思っていたより広い
ダンボール箱から
手分けして荷物を取り出していく
趣味や関心が近いので
作業を進めながらも話題が途切れない
子供の頃から読み続けている作家について
映画化は失敗だったとか
復刊して本当に驚いたとか
未完で終わったシリーズのことなど

天気予報は曇り
時々雨

作業を終える目処がつき
一段落したところで休憩にする
お茶を飲みながら菓子をつまんでいると
晴れているのに雨が降り始めた
結婚のタイミングで狐の嫁入りだなんて
できすぎで笑ってしまうが
そういうものなのかもしれない
降り始めと同じように唐突に降り止む

いつかこの瞬間のことも
消えていくのだろうが

水気を含んだ風が吹き抜けて
真新しいレースのカーテンを揺らす
日差しが床に波を作る

二人と一人が
波打ち際を眺めている