猫目記

お供え

おばけやしき

うで

離れの母

お供え

夜中に窓枠がぴしりと鳴る
夢のなかから呼び戻されて
枕元をさぐった手に触れるものがあり
それは感触で人の耳だとわかる
よく見えないがそれはたしかに二切れの耳で
ゴムのおもちゃのようにも思える
あるいは狩ったねずみを主人に供えるようにして
猫がここに置いていったのかもしれないが
うちでは猫なんか飼ったことはない
するとこれはいったいどうしたことだろう
おそるおそるこめかみに手をやり
自分の耳を確認するわたしを
巨大な猫がおもしろそうに見ている


おばけやしき

さっき来た人からおばけやしきの話を聞く
夜になるとあやしい光や音がよく目撃されるとのことで
なかなか借り手がつかなかったのだが
ある日 怪異は近所の子供の仕業だったと判明して
ひとまずは一件落着したという
もういいかげんに老朽化したその家は
一旦取り壊すことに決まって工事が始まった
家屋を取りはらい もろくなった土台をひっぺがしたとき
いつの時代のものかわからぬ骨がたくさん出てきた
わたしもそこに長いこと埋められていたのですよ
と さっき来た人はそう言っていた


うで

米びつから米をすくいあげていて
底になにか引っかかるものがあると思ったら
しなびた腕がいっぽん
計量カップのふちに指を引っかけていた
取り出してごろりと畳に投げ出した それ
黒ずんだ腕はいつから米びつの中にあったのか
わたしは知らないし家族も知らない
先祖が蔵いこんで忘れたのかもしれないし
腕もこんな漬物みたいになってさぞ無念だろう
夜には布団に入れて眠ることにした
風がびゅうびゅう吹く真夜中
なにか恐ろしい夢が足早に通りすぎていく
と思えばなんのことはない
腕がわたしの首を絞めているのだ


離れの母

離れの掘りごたつの中に母がいる
離れの掘りごたつの中にいる母は少女の姿で
絣の着物を着た古い時代の母である
古い時代の少女の姿の母は掘りごたつの中にいる
猫のように離れの掘りごたつの中にいる
少女の母は昔からいる猫のような
昔からいる母はわたしの生まれる前からいる
わたしの生まれる前の母は生まれる前の離れの
母の蔵の掘りごたつの中に猫はいる
母がいる掘りごたつの蔵はけっこう古い
着物を着た猫が閉じこもっている離れの蔵の
母の着物を着た古い時代の母である猫の母は
離れの母の掘りごたつの中にいる
往来では牡丹の花がぼとぼと落ちている
父もいる